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御法川靖子・勝新太郎の場合

・御法川靖子との永遠の別れ

フリーアナウンサーのみのもんたの妻でスタイリストを務めていたのが、御法川靖子です。
みのは、文化放送に入社して12年間勤務したのちに退社し、
父親が経営する会社で10年間営業として働いていました。
その間フジテレビでナレーションやリポーターなどで活躍し、サブ司会者として知られるようになり、
『午後は○○おもいッきりテレビ』の司会者を務め、一躍有名、人気になりました。

車いす

1970年に大学の後輩であった御法川靖子と結婚し、多忙なみのをスタイリストとして支えました。
3,4年前からがんを告知され、通院しながら治療を続けていましたが、
病状が急変し、2012年5月に66歳で亡くなりました。
みのは情報番組『朝ズバッ!』のキャスターを務めていましたが、
約2週間休暇を取り、献身的に看病をおこなったようです。
妻が死去した翌日の番組内で、家族がテーマの企画を見て涙を流してしまったみのもんた。
41年間連れ添った妻を心から愛していたのでしょうね。

・勝新太郎との永遠の別れ

昭和に活躍した俳優の勝新太郎。ジェームス・ディーンに感銘を受けて俳優になりました。
大映の作品に出演し、1960年に『不知火検校』での悪役で人気になり、
『座頭市』シリーズは国外でも知られています。

1967年には大映で出会った中村玉緒と結婚し、
勝プロモーションを設立して映画を自主製作するようにもなりました。
しかし、1996年にがんを発病し、治療をおこないましたが、1997年に65歳で亡くなります。
中村玉緒は病気の勝を励まそうと思い、バラエティ番組へ出演するようになりました。
勝が中村に惚れたのが出会うきっかけでしたが、生まれ変わっても一緒になりたいと、
中村も勝のことを一途に想っていたようです。
葬儀での出棺の際は、11000人ものファンに見守られながら別れを告げました。