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香田晋と義母

香田晋が一般女性と出会い、結婚したのは1998年10月12日でした。
この日はふたりの誕生日なのです。
偶然にふたりの誕生日が一緒で、出会いから運命的なものを感じていたそうです。
翌年1999年には男の子が生まれ、その子の名前を一般公募したところ、なんと応募数が4000もあります。
その後女の子にも恵まれ、ふたりは幸せの絶頂にありました。
そんなふたりが2009年8月に、突然離婚したのです。

レコーディングブース

ふたりの子供の親権は香田晋が持ち、香田晋はシングルファザーとなります。
ただ普通のシングルファザーと異なっていたのは、これまで同居していた義母が残り、
妻ひとりが家を出ていったのです。
香田晋が親権を持ち、シングルファザーとなったのも香田晋の生い立ちと大きく関係しています。
福岡県北九州市で生まれた香田晋の父親はとび職人でしたが、
香田晋が生れた直後蒸発して、その後工事現場で転落し亡くなります。
香田晋の母親がその後再婚したため、香田晋は長いあいだ義父を実の父親だと信じていました。

しかし母親はその再婚相手とも別居したため、香田晋は14歳まで母親とふたり暮らしでした。
香田晋はカラオケ大会で「兄弟船」を歌い、審査員だった船村徹に誘われ、
上京し船村徹の内弟子になります。
そして1989年6月7日に「男同士」で念願の歌手デビューを果たします。
同年この「男同士」で第31回日本レコード大賞新人賞を受賞します。

しかし香田晋の母は翌年の1990年に急性すい炎で43歳の若さで亡くなります。
このように複雑な家庭環境だった香田晋は、自分の子供たちに対する想いが人一倍強く、
どうしても子供たちと一緒にいたいと思ったのです。
仕事で家を空けることが多い香田晋が、義母に同居をお願いし、義母も心よく承諾してくれました。